JAA財団の役員就任について

 

 本日付で、公益財団法人日本航空教育協会(JAA財団)の理事に就任しました。

 

 JAA財団は、山梨県に本拠を置く学校法人日本航空学園グループの公益法人(内閣府認定)です。傘下の日本航空高等学校は高校野球や春高バレーの常連校として知られており、グループは航空業界にあまたの人材を輩出しています。

 

 一昨年より私が副理事長を務めてきた一般社団法人日本無人航空機安全協会(JMSA)は、去る10月1日にJAA財団と事業を統合し、無人航空機に関する業務を既に一本化しておりましたが、本日、同財団の評議員会及び理事会が開催され、正式に役員に就任した次第です。なお、JMSAから同時に、池田克彦氏(第88代警視総監)が評議員に、藤本貴也氏(元・国土地理院長)が理事に、それぞれ就任しております。

 

 今後はJAA財団の一員として、小野次郎会長(前・参議院議員)、梅沢重雄理事長のもと、微力ながら職務に邁進する所存です。JAA財団をよろしくお願い申し上げます。

港区行政評価委員会委員への就任について

 6月1日付で港区より、平成29年度港区行政評価委員会委員を委嘱されました。

港区区民参画組織提言式について(その2)

 

 3/24(金)に開催された提言式の模様が港区のウェブサイトで公開されました。

 

港区公式ホームページ

Season's Greetings

 

2017

記事掲載情報

 

 港区政70周年記念事業で発行の冊子「総合支所10年の歩み」に、麻布地区政策分科会座長として紹介されました。区役所および各地区総合支所で配布中です。

 

港区政70周年

「唯是」について

 

 小中学校時代、出席番号は最後から2番目か3番目。山本さんの次で、吉田さんの前。初対面の方に名を名乗ると、まず怪訝そうな顔をされ、何度も何度も名字を聞き直される。まだ航空会社のマイレージプログラムがなかった頃など、航空券を電話で予約すると、カウンターで受け取る券面の表記は間違っていることがほとんど。そんな人生を送ってまいりました。政官界、邦楽界等の特殊なフィールドを除けば、多くの方は「ゆいぜ」という音に馴染みがないからでしょう。最近、知人から家の歴史を書き残すことを勧められましたので、先週が誕生日でゾロ目の歳になったこの機会に、簡単に当家のルーツについてご紹介したいと思います。

 

 まず、唯是という名字の人はすべて一族か関係者です。現行世代ではその縁も薄くなっていますし、本家筋の男系(私を含む)も絶えそうになっています。主に岩手県、東京都、北海道に分布しており、中華系や朝鮮系には存在しない名字です。公式に判明している起源は岩手県遠野市にあります。遠野は柳田國男の『遠野物語』で有名な伝承の地です。

 

 さて、名字の唯是ですが、1785(天明8)年、遠野南部家第29代当主八戸ときつら より黒印状にて賜ったものです。この時代、天明の大飢饉といわれる飢饉が東北地方に広がっていた頃で、盛岡藩も例外ではなく、本来の3割程度しか収穫できない状態が続いていました。遠野唯是家の始祖となる小原仁左衛門(私の7代前)は私財を投げ打ち、領民を救い、藩政改革に貢献しました。その恩賞として小原からの改名を許され(どうも改名を願い出ていたらしい〈2017年5月27日訂正〉)、唯是を名乗り始めました。賜った黒印状は現存していますので、史的資料の裏づけがある当家公式の歴史です。

 

黒印状

 

 次に、当家に伝わる伝承によりますと、その起源はもっと古く、聖徳太子にまでさかのぼるという説があります。有名な太子の遺言「世間虚仮 真」に由来するというものです。歴史によれば、太子の子孫は蘇我氏の襲撃により絶えたことになっていますが、一部が東国に逃げ延び、太子の遺志を後世に語り継ぐため、名字の形にして保存した、と伝えられています。それを後代になって、藩主に黒印状で改めて認めてもらい、公式の名字として名乗り始めたということです。

 

唯仏是真

 

 さらに、家紋から類推する説も伝わっています。当家の家紋は「丸に四ツ石」ですが、「吾唯知足」からとられたというものです。吾唯知足は龍安寺(京都市右京区)にある、水戸光圀が寄進した「知足の 蹲踞 つくばい 」で有名ですが、これは「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」という禅の格言を謎解き風に図案化したものです。水溜めに穿った中心の正方形を漢字部首の「口」と見れば「ることをる」となり、見事に丸に四ツ石に対応しています。

 

吾唯知足

 

 丸に四ツ石は石畳紋の一つであり、神職に由来する紋ですが、古くは『吾妻鏡』に出てくる清和源氏系和賀氏の家紋であり、和賀氏は江戸時代初期に小原姓に改姓し、陸奥国に土着しています。この場合、和賀→小原→唯是という系譜になります。和賀氏と聖徳太子のつながりが発見されれば、前述の聖徳太子由来説は現実味を帯びてくるのでしょう。

 

家紋 

 

 伝承および家紋に由来する説は裏付けとなる史的資料が少なく、今となっては検証不能なのが残念です。いずれにせよ、聖徳太子由来説と家紋説のどちらであっても、何かしら宗教がかった、やんごとなきルーツであることは想像できます。民俗的に特異な伝承の地、遠野所縁であることも無関係ではないようです。 

 

 最後に、近代の当家(札幌唯是家)の歴史について簡単に振り返っておきます。私の曽祖父は明治初期に遠野から北海道に渡り、札幌農学校(現・北海道大学)で学び、札幌郡札幌村(現・札幌市東区)の戸長、稲葉元助の娘と結婚し、札幌市北十二条西1丁目(現・札幌市北区)で没しました。祖父は室蘭で生まれ、札幌で育ち、小樽新聞(現・北海道新聞)の記者となり、小樽に移住します。父は小樽で生まれ、東京で大学時代を過ごし、小樽で生涯を終えました。私は小樽で生まれ、東京で人生の大部分を送っています。現在、実家の所在は近代の起源である札幌に戻っています。 

港区区民参画組織について

 本日、麻布地区政策分科会の第3回会合が麻布支所で開催され、座長に選任されました。

Season's Greetings

 

JMSAの役員人事について

 一昨日、私が常務理事を務める一般社団法人日本マルチコプター安全推進協会(JMSA)で役員人事があり、副理事長に選任されました。JMSAはドローンの普及に伴い、内閣官房に発足した小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会の構成員にも選ばれ、その活動が拡大しております。
JMSAについて

 私が常務理事を務める、一般社団法人日本マルチコプター安全推進協会(JMSA)のウェブサイトが公開されました。なお、JMSAは、明日から東京ビッグサイトで開催の東京エアロスペースシンポジウム2015に出展いたしますので、産業用ドローンに関心をお持ちの方のご来場をお待ちしております。