江戸一番の伊達男

「おっと、その手は桑名の焼き蛤」。
「こいつは朝から、はらはら駿河台」。

 最近、多用するフレーズの一例。ロビー活動のパートナーであるコンサルティング会社の社長と、新年から「江戸弁でトークしよう」ということになって、早3週間。

「おっ、芝浦の文兄ぃ」。
「よぉ、霞町の一ちゃん」。
「千束の晋公がよぉ〜」。

 まるで時代劇を見ているかのような場面が展開する。傍から見ると馬鹿馬鹿しいかもしれないが、会議や面談でも受けが良かったり、場が和んで盛り上がったりする。とても新鮮で楽しく、万事のテンポやリズムが上向いてきた感がある。江戸弁には邪気や邪霊を祓う効果があるのかもしれない。龍土町〜霞町界隈の夜の街でも静かなブームになりつつある。

 昨年3月の大震災以来、東京の産業界や夜の街にも停滞ムードが漂っていたが、小粋な連中が現状を打開しようと動き始めている。元来、「江戸の花」は、命を惜しまない町火消、寒中でも白足袋はだしで法被1枚の鳶者、江戸紫の鉢巻きの助六などに代表される、「いなせ」「いさみ」「伝法」の気品・気格である。本来、江戸っ子ではなく「蝦夷っ子」である小生ではあるが、20年近くも東京で暮らしていると、大江戸八百八町の歴史・風俗などの仔細が隅々まで分かるようになってきた。そういう背景で使う江戸弁は深みと味わいがある。江戸弁での折衝や交渉は、それ相応の気合いや知性と教養がなければ成立しないものである。

 一方で都会には、利己的で、諦めが悪く、自己の保身に汲々とするだけの見苦しい手合いも多い。そういう手合いに囲まれていると、こちらも邪気や邪霊に取りつかれて、心と精神の余裕が失われていくことになる。野暮と化物には気をつけなければならない。昨今の政界や芸能界の迷走を見れば明らかである。

 こういう時期だからこそ、利益よりも社会貢献を優先させてビジネスプランを組み立てる。産業界には、積極的なエネルギーを持つ献身的な人間が確実に存在する。「江戸っ子」の気概あふれる、気骨ある仲間に囲まれて社会活動に携われるのは、とても幸せなことだ。
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