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 港区政70周年記念事業で発行の冊子「総合支所10年の歩み」に、麻布地区政策分科会座長として紹介されました。区役所および各地区総合支所で配布中です。

 

港区政70周年

「唯是」について

 

 小中学校時代、出席番号は最後から2番目か3番目。山本さんの次で、吉田さんの前。初対面の方に名を名乗ると、まず怪訝そうな顔をされ、何度も何度も名字を聞き直される。まだ航空会社のマイレージプログラムがなかった頃など、航空券を電話で予約すると、カウンターで受け取る券面の表記は間違っていることがほとんど。そんな人生を送ってまいりました。政官界、邦楽界等の特殊なフィールドを除けば、多くの方は「ゆいぜ」という音に馴染みがないからでしょう。最近、知人から家の歴史を書き残すことを勧められましたので、先週が誕生日でゾロ目の歳になったこの機会に、簡単に当家のルーツについてご紹介したいと思います。

 

 まず、唯是という名字の人はすべて一族か関係者です。現行世代ではその縁も薄くなっていますし、本家筋の男系(私を含む)も絶えそうになっています。主に岩手県、東京都、北海道に分布しており、中華系や朝鮮系には存在しない名字です。公式に判明している起源は岩手県遠野市にあります。遠野は柳田國男の『遠野物語』で有名な伝承の地です。

 

 さて、名字の唯是ですが、1785(天明8)年、遠野南部家第29代当主八戸ときつら より黒印状にて賜ったものです。この時代、天明の大飢饉といわれる飢饉が東北地方に広がっていた頃で、盛岡藩も例外ではなく、本来の3割程度しか収穫できない状態が続いていました。遠野唯是家の始祖となる小原仁左衛門(私の7代前)は私財を投げ打ち、領民を救い、藩政改革に貢献しました。その恩賞として小原からの改名を許され(どうも改名を願い出ていたらしい〈2017年5月27日訂正〉)、唯是を名乗り始めました。賜った黒印状は現存していますので、史的資料の裏づけがある当家公式の歴史です。

 

黒印状

 

 次に、当家に伝わる伝承によりますと、その起源はもっと古く、聖徳太子にまでさかのぼるという説があります。有名な太子の遺言「世間虚仮 真」に由来するというものです。歴史によれば、太子の子孫は蘇我氏の襲撃により絶えたことになっていますが、一部が東国に逃げ延び、太子の遺志を後世に語り継ぐため、名字の形にして保存した、と伝えられています。それを後代になって、藩主に黒印状で改めて認めてもらい、公式の名字として名乗り始めたということです。

 

唯仏是真

 

 さらに、家紋から類推する説も伝わっています。当家の家紋は「丸に四ツ石」ですが、「吾唯知足」からとられたというものです。吾唯知足は龍安寺(京都市右京区)にある、水戸光圀が寄進した「知足の 蹲踞 つくばい 」で有名ですが、これは「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」という禅の格言を謎解き風に図案化したものです。水溜めに穿った中心の正方形を漢字部首の「口」と見れば「ることをる」となり、見事に丸に四ツ石に対応しています。

 

吾唯知足

 

 丸に四ツ石は石畳紋の一つであり、神職に由来する紋ですが、古くは『吾妻鏡』に出てくる清和源氏系和賀氏の家紋であり、和賀氏は江戸時代初期に小原姓に改姓し、陸奥国に土着しています。この場合、和賀→小原→唯是という系譜になります。和賀氏と聖徳太子のつながりが発見されれば、前述の聖徳太子由来説は現実味を帯びてくるのでしょう。

 

家紋 

 

 伝承および家紋に由来する説は裏付けとなる史的資料が少なく、今となっては検証不能なのが残念です。いずれにせよ、聖徳太子由来説と家紋説のどちらであっても、何かしら宗教がかった、やんごとなきルーツであることは想像できます。民俗的に特異な伝承の地、遠野所縁であることも無関係ではないようです。 

 

 最後に、近代の当家(札幌唯是家)の歴史について簡単に振り返っておきます。私の曽祖父は明治初期に遠野から北海道に渡り、札幌農学校(現・北海道大学)で学び、札幌郡札幌村(現・札幌市東区)の戸長、稲葉元助の娘と結婚し、札幌市北十二条西1丁目(現・札幌市北区)で没しました。祖父は室蘭で生まれ、札幌で育ち、小樽新聞(現・北海道新聞)の記者となり、小樽に移住します。父は小樽で生まれ、東京で大学時代を過ごし、小樽で生涯を終えました。私は小樽で生まれ、東京で人生の大部分を送っています。現在、実家の所在は近代の起源である札幌に戻っています。 


この街で意識の同じ友といて豚しゃぶしゃぶはかくまでうまし


四十四の声聞くときも独りなり悲しいような素敵なような


一条の光はるかに見つめなば奇跡の庭に汝遊ばん


私はいるこの騒がしい楽園に耳をふさげば生きられる街


次々とここを去る友多かれどゼロは変わらず歌を奏でて

ゼロバーの席に座りて言ふことなしゼロバーの席はありがたきかな


思うこと叶わねばこそ世の習い流れの浮き身諸行無常


雨降りて心の中の地固まり醒めるに任す夏の終わりに


暮れてゆく異国の丘に神の愛深く刻みてこの日を生きる